last modified: 2005/09/09
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新人賞受賞作家エッセイ
「人生を変えた一冊」
片理 誠
その本に出会ったのは中学二年生の冬でした。 高校受験の準備を始めた周囲の友達に感化されて書店に向かった当時の私が店に着く直前で「まてよ。 受験勉強は、もう一冊本を読んでからでも遅くないんじゃないか? うん、そうだ、そうだ、そうしよう」と軟弱な心変わりを起こしたのも、今にして思えば何かの運命だったように思えます。
多少後ろめたい気持ちで参考書コーナーの前を素通りした私の目に飛び込んできたのは、格好良いイラストでした。 それは平積みされていたとある文庫本の表紙で、紺色の空をバックにそびえ立つ巨大な機械と、その前に佇む宇宙服を着た人物との対比が、何とも印象的な絵でした。 この本こそが堀晃氏著『梅田地下オデッセイ』だったのです。
白状してしまいますと当時の私は「梅田」が大阪の地名であることも、「オデッセイ」というのがどういう意味なのかも知りませんでした。 つまり『梅田地下オデッセイ』の「地下」しか理解できなかったんです。 純粋に表紙に惹かれただけだったのでした。
でもこの本、読んでみたら凄まじく面白かった。 このゾクゾクするハードな世界。 圧倒的なリアリティ。 独創的なアイデア。 人間の想像力には限界などないのだ、と感動した私は、それからずぶずぶとSFにのめり込んでゆくことになるのです。
もしあの時、私に強い意志があったら、もし脇目もふらずに受験勉強に邁進していたら、きっとSFには出会えなかったでしょう。 ああ、意思が弱くて本当に良かった。
一冊の本で人生が変わることだってあるわけです。 コロンブスがアメリカ大陸を発見するきっかけとなったのも、マルコ・ポーロの『東方見聞録』ではありませんか。 人生を変えるような一冊が、この世界のどこかにはきっとある。 私にとっては『梅田地下オデッセイ』こそが、正にそれだったのです。
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